日本語教師の勘違いしがちなこと

日本語教師が、学生に対してやってしまいがちな勘違いがいくつかあります。その勘違いに気づかないまま間違った対応を取ると、学生の心を開かせることができず表面的で一方的な授業のまま学期が終わるということになる可能性もあります。

これから日本語教師を目指す方や、どうも授業がうまくいかないと思っている新米の日本語教師の方々に少しでもお役に立てばと思い書き進めてみます。

日本語が下手でも大人です

外国である程度の期間、生活した経験のある方は理解しやすいと思いますが、異国生活の中でのストレスは特別です。言葉が不十分であるために起こるさまざまな問題。

たとえば銀行からの手紙ひとつで苦労します。さっと読んでこれは捨て置いていいものか、理解して対処しなければいけないのか瞬時に判断できないので、すべて時間と手間のかかるものになります。生活面でのひとつひとつが対処すべき問題になり面倒ですし、終わった後でもやり方が正しかったのか心配になることもあります。

また、まるで自分が子供かのように感じてしまい、ストレスから生活習慣の乱れも起こります。朝起きられなくて遅刻する、欠席する。もちろんそれが度重なる場合は厳しく指導します。出席率を高く保つことはビザ更新のために大事なことですから、心を鬼にして叱ることもあります。日本ではルールの遵守にとても厳しいため、日本文化を教えなくてはという使命感も加わります。

日本語教師から叱られたとき、自分なりの理由を説明したくても日本語文を作れない。一生懸命話してみても力不十分であれば伝わらない。教師側もこれはルールだからと一方的に言い切るだけです。そんなことを繰り返すうちに心を閉ざしていく可能性はありえます。

大人どうしの付き合い方を考えてみてください。たとえ自分が正しいことが明らかで、それに従わなければ相手に不利益が生じる場合でも、一方的にまくしたてることはしないでしょう。なぜできないのかを想像し、状況を理解しようと努め、心を添わせ共感を示し、そのうえでもう一度説明といった段階を踏むのではないでしょうか

大人どうしであれば、こういったお互いを尊重し合う態度が必要不可欠です。ましてや相手は外国人。自国のルールに従って暮らしを送ってきた人たちです。しっかり板についたやり方を変えるには時間と強い意識づけが必要です。何十年間も日本に暮らし、国籍を変えるほどに日本での生活や慣習になじんだ外国人であっても、どうしても変わらない、変えられない部分があります。そうしたいと思っていても難しい、正しいとわかっていてもできないと言います。日本に来て1年以内の学生は、「できない」「沿えない」ことがあって当たり前です。

中級そして上級に上がるにつれ、日本での生活にも慣れ、日本人への対応のしかたも理解してきます。生活でのストレスも減っていきます。また自分の言い分も伝え、理解してもらえるようにもなります。結果として、上のクラスは授業もうまくいくことが多いですね。反面、筋の通った言い分に困らせられることも出てくるのですが。

日本語力が不十分なためについ子供扱いしてしまい、プライドの高い学生から反抗的な態度をとられ、苦労するのは初級クラスに案外多いかもしれません

日本はアジアで一番進んでいる?

日本はアジアで一番か。これについてはさまざまな意見があるでしょう。今でも製品の技術力は高いと信じています。日本人として、このことは今後もずっとそうあってほしいと願っています。また公共交通機関の時間の正確さ、個々人の仕事への姿勢、全体としてみたときの平均的教育水準の高さなど、誇ってよい点が数多くあります。

しかし今現在はどうでしょう。日本と変わらぬほどの景色が中国や韓国、台湾などで見られるようになりました。社会システム的に日本よりも効率よくスピーディーに進んでいる点も見られます。日本の安全第一、ミスのないようにと考えられた社会システムは、見方を変えれば遅れている、今の時代にはそぐわないとも言えるかもしれません。

また昔はごく少数だった、生活費も学費も親がかりという学生の割合はかなり多くなっています。もちろん今でもアルバイトに熱心な学生たちは多いですが、自国に帰れば十分よい生活ができる境遇のものも多いです。今はもう、日本は金持ち、日本人も金持ちと素直に信じる学生ばかりではありません。

豊かな生活、進んだ社会システムを目の当たりにし、それだけで一目置いてくれるほどに簡単に日本を尊敬してくれる状況ではなくなっています。アジアの中で日本はダントツ一番という思い込みを捨てなければいけません

上級クラスの人たちが書く作文には、まだまだつたない文ながら大きな気づきがあります。日本人が失い、それゆえに弱さにもつながっているやもしれぬものが見えるのです。家族愛、向上心、自国の歴史や文化への深い理解、そして誇りなど。

上級を終え、卒業していく学生たちからのコメントで「日本人は器用でまじめだが、精神的に強くないと思う」「まっすぐに言わないからこそストレスが大きいようだ」というのはよく聞かれます。日本社会としてみると、便利で生活しやすく、その恩恵を受け感謝もしてくれている外国人たちですが、個人に対しての思いは少し違うようです。

日本語教師は日本語の先生でしかない

日本にいる英語教師を、教師というだけでその内面まで尊敬することはあまりないでしょう。それと同じく日本語教師自身も、日本語の先生でしかないという謙虚な思いは常に忘れてはいけないと思います。その上で、よい関係を気づけるかどうかは、人間としての魅力のあるなしに関係します。コミュニケーション力、表現力の柔軟性と深さにも左右されます。

授業といえども人と人とが接する場です。常に滞りなく疎通が行えているかを注視し、良質なコミュニケーションをとり、よりよい授業になるよう精進していきたいものです。おもしろい仕事ですよ。

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