多国籍の日本語学校の方がいい?

日本語学校の中でも、学生の出身国が偏っている学校とそうでない学校があります。
「多国籍をうたっている学校は学生どうしの日常会話が日本語になるケースが多いのでよい」との評判があります。

しかし、日本語学校の目的を考えるとそうとも言い切れません。今一度、多国籍の学校は本当に優れているのかを考えてみたいと思います。

学生どうしの関係をみると、多国籍の方が断然いい

日常会話が日本語になる

学生は仲良くなってくると休み時間にもおしゃべりをすることになりますが、共通語が日本語しかなければ日本語を使わざるを得ません。
中には英語がネイティブである学生を見つけると、英語で話したがる学生もいます。しかし話しかけられた学生にとっては迷惑な話で、ほどなくして英語での会話ブームは終わります。
そんなこともあり、休み時間に日本語で笑い合っている姿はどこか誇らしげにも見えます。

色々な国の事情がわかる

作文の授業で書かれたものを見ると、それぞれ学生どうしがよく観察し合っていることがわかります。

例えば、食べ放題の店について。思い切り食べられる贅沢な食事ととらえる学生もいれば、素材の質が悪いから体によくないと考える学生もいます。
親がかりか自立した上で来ているかの違いもありますが、やはり国の経済発展度合いの差が現れることは否めません。

こういったことを肌で感じることができる、これもまた留学の大きな意味でしょう。

留学という一般的イメージから考えると、多国籍の環境は理想的といえます。
日本語学校の学生のビザが留学ビザであることを考えると、まさにその醍醐味を味わえる環境といえましょう。

非漢字圏の学生にとってはよくないことも

日本語学校はそこがゴールの学校ではありません。
次の進学先、本来勉強したい学校に入るために必要な日本語力をつけるための学校です。そういった、その先の目標を見据えた上で学校を選ぶ場合、非漢字圏の学生にとっては必ずしも多国籍である必要はありません。むしろ多国籍の環境により、自分の力に見合った授業を受けられない可能性もあります。

漢字学習の時間は限られている

初級から中級Iの授業あたりまでは、漢字学習の時間をとることもあります。それ以降も漢字の宿題があり、漢字の小テストもしていきます。
しかし授業時間内で漢字にふれる頻度はレベルが上がるにつれ少なくなり、自学に任せていくことになります。上級になっていくにつれ、ひとりひとりの自学の差がそのまま力の差になってくることは、日本語教師たちの間でもよくいわれることです。

自学の大切さは漢字だけに限らないのですが、読解の授業で、問題の内容を必死に考えている漢字圏の学生と、文中の漢字を調べている非漢字圏の学生を目の当たりにします。
同じクラスでこれだけ差があっていいのか、と教師側は考えざるを得ません。

やる気を失わせる原因になる

教師側の心の迷いはさておき、本人の気持ちはどうでしょう。非漢字圏の学生が漢字圏の学生との圧倒的な漢字力の差を知り、やる気を失う姿は多くみられます。
漢字があまり出てこない初級の文法段階では同じように優秀だったはずが、、、
レベルが上がるにつれ漢字の量が増し、文法や読解そのものの力とは別のところで結果に差が出てしまうのです。
頑張れ!と声援を送るだけでいいのでしょうか。

特別クラスを作る、特別な配慮をすることの限界

選択授業で漢字クラスを設けたり、非漢字圏の学生に特別な宿題を出したりなど学校側も工夫しています。
しかしあくまでもこれらは特別な配慮。一斉に皆で取り組むことではないので、教師側には負担となります。

選択授業を設定しても、あえて漢字だけを勉強したいという学生はなかなかいません。文法や読解、聴解など日本語能力検定に直結する科目に惹かれます。

やはり普段の授業の中できちんと漢字に配慮することが必要ですが、漢字圏の学生がわかりきっていることに多くの時間を割くのは難しいものです。
漢字習得にウェイトを置いた宿題を出したくても、手間のかかり方の違いと必要性の違いから双方が不公平な思いを抱くケースが多くあります。

多国籍でなくてもいいんじゃない?

多国籍は「国際的だから良い」と漠然と思っていました。多国籍の学生がいる学校に勤めたいとも思っていました。しかし漢字圏と非漢字圏の学生のスタート地点にハンデが存在することを目にすると、日本語学校という語学学校の段階では、必ずしも多国籍である必要はないのではと思えてきました。
また学校全体は多国籍であっても、クラス内は漢字圏と非漢字圏に分けるのもいいのではと思えてきました。

名のある大学や大学院への進学はどうしても漢字圏の学生がほとんどを占めます。地頭はよいと思われる非漢字圏の学生が、漢字力不足のために希望通りの進路に進めないでいる様子を見ると心が傷みます。彼らに見合った授業ができなかった私の責任なのではないかと悔やみます。

しかし、一教師の善意だけでどうにかするには限界があります。そうでなくても、授業準備時間を含めての時給と考えると、決して高くない仕事なのですから。

まとめ

日本語学校に来る学生の国籍の内訳は、昔とはずいぶん変わってきています。
中国・韓国・台湾が主だった時代から、今は中国とべトナムが同じ割合となり、台湾が依然として一定の割合を占めつつあります。
その次に続く国としてネパール、フィリピン、インドネシアなどが上がってきています。

多国籍のよさを大事にしつつ、非漢字圏の学生に対する授業をもっと真剣に考える時期になっていると思います。
以上、現場からの声でした。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう