楽しくてためになる日本語教師ボランティア

日本語学校などで給料をもらって教えていると、「ボランティアなんてやっていられない」と考える人もいるでしょう。日本語教師としての資格保持者だという自負は、いつのまにか育っているものです。

しかし、あるとき思い立ってボランティアに参加してみることにしました。その感想をお伝えします。

なぜボランティア?

自分の中では一石三鳥以上を狙ってのことですが、ボランティアをしようと考えた理由はいくつかあります。

自分だけで完結する授業をしたい

学校にもよりますが、ガチガチに決められたカリキュラムに沿って、受け持ったクラスを複数の先生によるリレー方式で担当していく方法は、当然のごとく一人ひとりに責任が伴います。カリキュラム通りに終えられなかったときには、次の先生への引き継ぎが欠かせません。学校で伝えられればいいのですが、ほとんどはメールで伝えることになり、文章でわかりやすく伝えるのは非常に気を遣います。
その点ボランティアであれば、ひとりを受け持ち自分と相手のペースで進めていけます。

 

マンツーマンの授業をしたい

たとえ学生が12名ほどの少人数のクラスであっても、力の差は出ます。個々の予習の差ともいえるので叱咤激励はするのですが、それでも取りこぼす学生が出ることは、ほとんど毎期あります。集団授業である限り避けられないことでしょう。補習授業や補習課題などができれば、それらの問題も最小限におさまります。

しかし現状は、学生側と教師側ともに時間不足で、実行するのは容易ではありません。逆によく学習でき、発言も多い熱心な学生を押さえることも、状況によっては大変です。

 

地元の住民の役に立ち、地域に貢献したい

ボランティアをする人の一番の目的は、やはりこれなのではないでしょうか。
教える相手は、生活のために日本語力習得が急務な状況ですから、やりがいもあります。異国である日本で快適に生活ができそうだと希望が持てれば、表情は明るく輝きます。言葉だけでお礼を言われるだけでなく、確かに役に立っていると感じられることは、何より嬉しいものです。

他にも「初級の会話を教える技術を身につけたい」、「この活動をしている主催者がどんな人が知りたい」、「教わる側も教える側もどういった人が集まっているのか知りたい」、などがありました。

“一石三鳥”どころではなかったですね。

 

ボランティア現場の様子

私は2か所を見学しました。それぞれを比べて、似ている点と異なる点がありましたのでお伝えします。

場所

どちらも公共施設を利用していました。
世の中が国際貢献や国際交流に力を入れている昨今ですし、ボランティアのために施設を借りることは容易だと思われます。
公共施設の多くは交通の便がよいところにあります。参加する人たちにとってもアクセスしやすいという利点があります。

 

規模

これはイベントやグループによりさまざまなのですが、私が参加したものは、どちらも15~20名くらいでした。
ただし一方は、マンツーマンであることを徹底させたことにより、教わりたい人のキャンセル待ちが発生していました。
もう一方はすべて受け入れているものの、教える人の不足からマンツーマンではなくなっているという状況でした。

どちらがよいでしょうか。
私個人はマンツーマンを徹底させる方がよいと思うのですが、ボランティアで日本語を教えるグループは一地域にひとつではないこともあります。
一箇所または一人がすべてを抱え込むシステムではなく、ボランティアの側にも喜びが多いと思われる方法がよいと考えます。
生徒役が数名いるからこそできる練習はありますが、同時に数名教えることはやはり負担が大きくなります。

私自身が有給の授業もしているからこそ思うことかもしれませんが、ボランティアである以上、ボランティア側のしやすさも十分考慮する必要があります。
楽しくなければ続かない、負担が大きすぎたら続かない。これがボランティアの本音でしょう。

 

教わりに来る人たち

短期、長期はさまざまでしたが、生活者であるという点では皆同じです。大人と子供、どちらもいました。

大人については、国際結婚をして日本に住むことになった外国人配偶者、研究のために来日した外国人の配偶者、長期で勤めている英語教師などです。

子どもについては、上記のような外国人を親にもつ子供たちです。国際結婚の場合は、来日したときの年齢にもよりますし、外国人であるのが父親なのか母親なのかにもよります。母親が外国人であった場合、子供は学校だけの指導では不十分です。

 

ボランティアする側の資格や経験

一方は、日本人であればOKで資格や経験は問いません。もう一方は、まず資格や経験の有無を聞かれます。
どちらも問われないような場合は、熱意とその人の能力をもって判断されているようです。ボランティアする側にももちろん選択権はありますから、初めにそういった線引きをきちんと伝えることは大切だと思いました。

そのボランティアグループの性格を決めているのは主催者であり、確固たる思いに沿った人たちが集まってきます。
ただ助けたい、役に立ちたいと思っている人皆を「来る者は拒まず」で受け入れることもよいですが、より質の高いものを提供するためにルールを徹底しておくことは、ボランティアグループの質や継続にも影響していきます。

 

まとめ

いくら無料とはいえ、毎週遠いところから足を運び、往復の移動時間をかけて、1時間半の授業に集中して日本語を学ぼうとする人たちを実際に目の前にすると、いいかげんな気持ちではできません。彼らの様子から、日本語を身につける必要性がひしひしと伝わってくるのです。

向けられた心に応える。求めに応じ手をさしのべる。

人として当たり前のやりとりや心の交流に、国の違いなど関係ありません。
それを実感できるのがボランティアだと、私は知りました。

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