ベテラン日本語教師の頭を今も惑わす4つの思い込み

日本語学校の学生が“留学生”ではなく、“就学生”と呼ばれていた頃から働いている日本語教師であれば、それはもう立派なベテランといえるでしょう。とはいっても、それほど昔のことではありません。日本語学校生の就学が大学生などの留学と一本化され、すべて「留学」と区分されたのは2010年のことです。
それでも、教師の入れ替わりが激しく、期ごとに顔ぶれが変わる状況にあることも珍しくないため、5年以上経っていればもうベテランの域と呼べるかもしれないという感覚はあります。裏を返せば、それだけ即戦力であることが求められる職場であるということです。
ここでは、ベテラン教師だからこそ陥りやすい間違った思い込みについてお伝えします。

間違った思い込みの原因を探る

実情と合っていないことから起こる勘違いについて、その原因を学生事情の変化に焦点を当てて考えてみると、以下の二つが考えられます。

  • 学生本人の背景や目的の変化が実感できていない
  • 学生は日本や日本語のことを知らないはずだと思い込んでいる

 

一方、社会の変化に焦点を当てて考えると、以下の二つがいえるでしょう。

  • 日本はいつまでもアジアのリーダーではなく、日本だけが豊かな生活をしているわけではない
  • ネットの発達、また現地で教える日本語教師の増加によって、日本についての正しい情報、日本語そのものについては来日する前から十分習得しているということが、事実としてなかなか理解できていない

授業や進路指導の中で現れる間違った思い込みの例

正確には“間違い”というより“意識のズレ”とでもいいましょうか。アジアの学生たちは相対的にまだまだ教師をたてるところがありますから、正面を切ってはっきりと態度に示されないこともあります。
しかし、学生の反応がなんとなくノリが悪い、心に響かないようだと感じたときには、意識とズレている場合があります。そしてベテラン教師の態度を、学生は「古い!今は違うのに!」と感じている可能性もあります。

1)例文を提示するときに苦学生をイメージしてしまう

例文提示や語彙の紹介で「食べ放題」を話題に挙げたときに、どうも学生のノリが今ひとつでした。いつもではないけれど、たまのご馳走として思い切り食べられる「食べ放題」はきっとノッてくると思っていたのです。
しかし、実際に作文を書かせてみてわかりました。食べ放題で使われる食材の質を危ぶむ意見が、多くの学生から挙がっていたのです。
中国、韓国、台湾、香港などの学生たちのほとんどは、仕送りで生活している、もしくは自国で働き、自分で稼いだ何百万円というお金を持って来日しています。そういった困窮していない学生たちにとって、「安ければ何でもいい」という公式は成り立ちません。

日本語の勉強にも生活費の足しにもなりますから、日本でも多くの学生がアルバイトをしています。でもそれは背に腹は代えられないといった状況ではなく、取捨選択したうえで「これならやってもいい」と思える仕事をしています。

つまり、仕事や生活の中の一つひとつについて、日本人学生とさほど変わらない考え方で選択しています。ひと昔前であればこれはひと握りの学生のことでしたが、今は大半を占めているという事実をなかなか認識できないベテラン教師は数多くいます。

 

2)仕事ができるなら何でもいい、わけではない

進路指導についてですが、これには担当の専任は常に頭を悩ませています。日本で仕事をし、国へ仕送りするという使命は、今の学生にはほとんどありません。日本での就職を考えて来日し、日本語学校に在籍する学生は今なお、いや、今だからこそ多いといえますが、お金を稼げれば何でもいいという気持ちではありません。

「日本語力が十分に高い」という学生本人側の変化と、来日する外国人観光客の増加や、建設業や製造業、介護など職種によっては外国人頼みの職場があることによって「選べる」社会状況になってきたこと、これらが昔とは違う大きな変化です。学生によっては非常勤講師の時給と変わらない給料を得ている場合もあるほどです。
「仕事ができるだけマシ」という考えは改めないといけないですね。

しかし実際に、正社員として希望通りの会社から内定を得ることはまだまだ容易ではありません。しかし妥協した就職であっても、卒業後も日本で社会人として生活できている先輩の例をたくさん見れば、よりよい仕事を求めて選り好みするのは当然の姿でしょう。

 

3)日本文化について一から教えてあげなくちゃ、の空回り

書道、茶道、生け花、折り紙などの伝統的な日本文化は確かに素晴らしいものですが、これらに興味がある学生はすでにネットによってその知識を十分に得ています。そして、わかった気になっています。通り一遍の知識はネットで十分得て満足しているのです。実際に体験したことがある人は少ないとしても、ネットですでに見知っているものに対してそれ以上の興味はないというのが、今の学生たちの姿でしょう。

だからこそ来日した学生を社会見学に連れて行くときに、どこに連れていくか、何を体験させるかを選ぶのは以前ほど簡単ではありません。スマホの発達によって自分で動ける学生も昔より格段に増えています。学校側のサポートは以前ほど要らなくなっているのです。

 

4)日本語力のニーズは学生によってさまざま

私は日本語の先生です!学生の日本語力を一から鍛えてあげましょう!と張り切っていても、中には「いやいや、一からは要りません」「話すこと、聴くことだけを教えてくれればいいんです」といった本音が実はあるということが、学校側にもようやく見えてきました。
自国で日本人の日本語教師から日本語を学んでいるケースも多々あり、また、外国語の正規課程として日本語を勉強してきた場合も多々あるということです。その結果、日本語の授業を受けるのは初めてではない学生もいます。日本語学校をいくつか渡り歩いている学生、来日は初めてではないという学生もクラスに1、2名いることもあります。
特に来日してすぐに上級クラスに入った学生には、はっきりしたニーズがあります。

日本語能力試験合格だけを目的とした文法や読解に重きを置いたカリキュラムではなく、ニーズに合ったカリキュラム作りをしていく時期に来ています。ベテラン教師もその変化をしっかり受け止め、今までのやり方が変わっていくことに抗ってはいけません。

まとめ


年単位でみると、学生の様子が変化してきているのがわかります。日本語教師になるための面接を受けたときに聞いた「いわゆる苦学生は非常に減りました。お嬢さん、お坊っちゃんが多いですよ」という状況から、今は少し変わってきています。確かにその頃には、親元を離れ、お金の心配をせず、趣味やゲームに明け暮れている学生は少なからずいました。今もそういった学生はいますが、確実に減ってきています。

その代わり、社会経験を経た上で来日し、大人として日本社会で就職していきたいと考える学生の割合が増加しています。モラトリアム的に来ているのではなく、手段として日本語学校を利用し今後の生活を作ろうと考えています。大人度が高い彼らが、日本語学校や日本語教師に求めるものは明確です。日本語学校も選ばれる時代になっています。

ベテラン教師はそのような時代の変化を感じ取り、自らも積極的に変化していく必要があります。とはいえ、正直なところ日本語学校によってはまだまだ昔のやり方が通用するところもあるでしょう。これは私個人の考えですが、もし変化を嫌うのであれば、そういった古い体質の日本語学校をあえて選ぶという方法もあります。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう